愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

日記

本音を出せる人とつきあって行く

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昔の自分と今の自分はちがう

先日身内の葬式に出席しました。

でも、親戚の中で久しぶりに居る自分って、以前とはめっちゃ変化しているからして、なんだか色んな違和感を感じた。

周囲の人たちは、きっと私について

「昔さながら・・あっこちゃんはこんな人」そう思っているに違いない。

でも、実際の私の中身はかなり変わった(笑)

当日話をしていて、気づいた。

いとこの中でひとりだけ、この人もかなり変わったんだなあ、という人がいた。

その人は私が小さい時によく追い掛け回して遊んでもらっていたお姉ちゃん的存在の人だった。

わたしは主人に言わせると、相当の変人らしいけれど、

それについては自覚しておいた方がいいよ、などとよく言われている(笑)

もちろんそう言う主人も変人なんだけれど私の方が自覚が足りないと言われている(笑)

その変人感覚をもっている私が、自分の想いを話したところ、そのいとこはふいに涙を見せたのだった。

そんなにこの自分の感性と呼応するなんて思いもしなかったので、私は少し面食らった。

そして、そのいとこには、私も結構ありのまんまを話せて、自分をつくらないとならない気持ちにあまりならなかったので、

案外、この人とは今、自分らしく話をしたりできるのかも?と希望が持てた。

しかも、主人もめったに誰かとお近づきになりたいような気持ちになることはないというのに、このいとこに関しては、

「この人の家なら行ってもいいかな、と思えた。」と言っていた。

別のいとこは、ふいに「いとこ会をしようよ」と言った。

でも、当然私は乗り気にはならないので、そのいとこの提案に対して、「私は出席しないかも」と言っちゃったのだった。

今まではあまりはっきり断る!ということをしなかった私だったけれど、だんだんと自分の意見をはっきりと周囲に伝えるように変わってきたのだなあと我ながら思った。

自分の本音で行きたい!

これまで生きてきて今思っているのは、もうできる限り、世間体や血のつながりも関係なく、自分がこの人となら自分をいつわることなく、本音でつきあえるなあ、という人とだけつきあいたいということ。

人と付き合うと言うとき、わたしの場合なんとなく合わせてお付き合いをするようにすると、後で本音が言えなくてしんどくなっていく、というパターンの繰り返しが多かった。

だからこそ、本音が出せそうな人と付き合う、というのはとっても重要なポイントなんだ!

そして、どんな場に出くわそうとも、できる限り、自分の本音で生きていきたいと思っている。

たとえ人に嫌われたとしても、自分をないがしろにするよりずっといい。

自分を粗末にして自分に信頼されなくなってしまうことが一番よくないなあと思う。

合わない人とは基本的には距離を置けばいいと思っている(*´▽`*)

そうすると、ほとんどの人と合わないわけだけど(笑)

本音を言いながら付き合える人なんてごくわずかだと思う。

何より自分が居心地の良い世界を創る、ことをやっていくことが重要だと思っている。

自分の宇宙で一番大切なのは、私の意見、というハッピーちゃんの言葉が私は好きだ!

本当にそうしたことを何度も繰り返し意識しない限り、自分のことをないがしろにしてしまうクセというのは抜けきらないものだったりする。

なんといっても、人のために自分を犠牲にすることが美徳、みたいな道徳的なことが特に日本人には好まれるからして、私の中にもそういった刷り込みがあるから・・。

 

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