愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

日記

私の神を表現して生きる

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ほんとに人がうらやましい?

今日はYouTubeでCAとして活躍中のちあきさんという方の動画を見ていた。

彼女はイギリスを拠点とする外資系のスチュワーデスで、イギリス人のニックというイケメンマッチョのハイスペックのボーイフレンドがいる。

動画はまるで絵に描いたような女の子のあこがれのライフスタイルという感じなのだ。

バックミュージックも素敵で、編集も女性が好みそうな雰囲気で仕上がっていてついついはまってしまう。

ちあきさんはとてもチャーミングで、お顔もかわいくて美しい。

何もかもが素敵なので、ともすれば自分のことと比較して卑下しそうにもなる瞬間がある(笑)

でも、そんなことはないのだと強く思う。

動画を見終わって「すてきなだな」と思ったものの、私の世界ではわたしが宇宙一すばらしいのだと思った!

なぜかと言えば、これは宇宙的視点から見れば、自分が生まれる前に自分のこの容姿や資質や宿命のようなものをもって生きることが希望したはずだから。

だから、わたしは動画を見終えて、「やっぱり自分がいちばん」とあえて口に出して言ってみた(*´▽`*)

そして、ニックは素敵だけど、私の主人が宇宙一すてきなのだ、と思った。

ちょっと飛躍するとは思ったけれど、併せてすべての人が自分のことを宇宙一、素敵!と認めるなら、きっとこの世界はとてつもなくキラキラして美しく、幸せ溢れるものになるだろうと思った。

私は最近、改めて、そうした初心とも言える生まれる前の自分を想像して、その地点の視点に立ち返る、ということを大切にしようと思っている。

つまり、自分は愛であり光であり、神そのもの、神の分け御霊であることを認めたいと思っている。

元々の性質から分離して、あの人は特別すばらしい、とか、あの人は低レベルだとか、そういったことは本来ないのだと思う。

私はこの私と生まれて、この私としての神を表現していきたいなあと思う。

それは、とにもかくにも自分のことを愛するとことだと思う。

今までは、周囲を重んじてきたようなところがあった。

私はいわゆるスターシードとか、ライトワーカーという分類に入るように思っているのだけれど、この場合、自分を責めやすい傾向があるらしい。

だからずっと、人を尊重し自分は犠牲になる、という傾向をもっていた。

でも、今のわたしは自分ファーストでなければ、と思っている。

YouTube動画のあきこさんも、今はもうスターシードが自分らしく生きられる時代に突入しているというようなことを仰っていたのだけれど、思い切って自分のすばらしさをとことん認めると良いのだろう。

-日記