愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

日記

自分執事のニコルが再度登場

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ニコルが向うから話しかけてきた

きのうは、今まで長年所属していたある会の退会という目的のため、担当者の方と話していた。

話が終わると、明日に持ち越しとなり、ちょっとお腹の重みと胃の痛みのようなものを感じ、「ああ~、けっこうストレスかかってたのね」と思った。

そうして、夜布団の中で、ハイヤーセルフのミカエルと話していると、なぜか自分執事のニコルの声がしてきた。

「あっこさん、がんばられましたね、おつかれさまでした」とねぎらってくるのだった。

あら?ニコルは、自らハイヤーセルフのミカエルに吸収されることを提案し、そのようになったはずで、私が望めばまた分離することもできる、と言っていたはず。

それなのに、ハイヤーセルフのミカエルとニコルが半分半分に私の中に存在していて、ニコルの方が大きく出てしゃべってきたから驚いた(笑)

当然、うれしかったわけだけれど、なんだかこうなると私がミカエルと馴染みにくくならないか?ということも気になってきた(笑)

でも、今思えば、私の中の願望をニコルが察知し、自主的にそのように動いてくれた、と捉えることもできる。

私の潜在的な望みをキャッチしてくれたのかもしれない。

まだ、ミカエルに馴染んでいない私が疲れているとき、ニコルの声がけを求めているということを・・。

 

退会を阻むきもちとは?

さて、きのう担当者と話をしていて、話を聞くと正直揺らぐような自分もいた。

けどそれは、

①そこでいただける波動が良いと感じるから、という点と、

②そこを離れると精細な波動で整えてもらっているぶん、その縁を切ってしまうと今度は余計に汚れがついて、もともとの自分よりも大変になってしまう、生きることが大変になってしまう、

などということを聞いているから、という2つの心理が自分の中に働くことが原因、ということはわかっていた。

しかし、①については、波動は良く私にとってはぜひいただきたいと思うようなものだったのだけれど、物事は良い面だけではない。何かをいただくということは、それに付随する裏の面も受け取らないと成立しない、ということが実体験から自分にとってキツかったということをすでに知っている。

それは、私の場合、その会で言えば、団体に属して活動をしていくスタイルにのっていくようにしていくこと。その教えを広めるために本などをお配りしていくこと、などがある。

また、いいわるいはないとしながらも、どんどん人格的にも上をめざさなくちゃ、など、団体に属しているからこそ周囲の目があるが故に、比較や競争意識も出てくるし、当然、本を配ったり熱心にしているほうが、なんかそうした集団の中でも良さそうな人、レベルが上の人に見えてしまうから、自分ができていないとその場に居づらい。

そんな中に一生自分を縛りたくない。まったくもってそういう目で見られるようなところに属していたくはない。

自分のルールは自分で決められる環境にいたい、という気持ちが私の中にはある。

これまで学んできた宇宙理論がその柱になり得ると思っている。

自己否定感が強かった自分だったからこそ、余計にそうであり、譲れないし、譲ってはいけないことだと感じる。

また、②については、自分がそこのエネルギーでどんどん浄められたな、と感じてきたことは確かだったので、そのように思えばそうなることもあるかもしれない、とは思う。

今までの逆が起こり、昔の自分に戻っていくのか?と思うと、本当にそういう部分は出てくるのかもしれない、というリスクを感じ、怖くなってしまいそうなことがあるのも現状だ。

けれども、以前の自分と今の自分は考え方が相当変わった。

今はハイヤーセルフのミカエルがすでについているため、不安な気持ちもミカエルの励ましがあれば、すぐに直ってしまうくらいだ。

以前はそのエネルギーにお任せ、ということを受け入れていた。そのエネルギーを発することのできる人を上に置いて崇めることを良し!としていたわけだ。

でも、今は自分以外の誰も上に置きたいとは思わない。

言うなら、神と自分が合体した、最高レベルの自分だけが自分の操縦席に座ることができると思っている。

つまり、ハイヤーセルフのミカエルと共に私が君臨している状態のみ許される。

だから、これまで神や、悟った存在を上に置いていたわけだけれど、そういったものをただ上に置くのもアウトとしている。

こうしてしまうと、自分はいつまでも誰かの下、ということになってしまう。

そして、上と下ができる思考ができあがっていく。

わたしたちは決して無力な存在ではなく、もともと神意識、宇宙意識となんら変わらない素材からできている、ということを知ってしまうと、

ならば自分から宇宙エネルギーを取り入れるようにしていけば大丈夫なんじゃないか?と思う。

YouTube動画のAkikoさんであれば、宇宙と繋がると地球上のカルマとか消えてっちゃう、とおっしゃる。

ただ、その担当者の場合は夕べも電話で、直接宇宙に繋がる、という話をしたところ、「でもそれはムリという話をしてきましたよね」という真逆のことを仰った。

想像どおりの答えなんだけれども(笑)

でも、いつまでもこの地球上の状態が以前と同じであるなんてこと、その人は言い切れるのだろうか?

やってみてもない人が。

今の私は、少なくとも、「地球の波動があがっているから、今は個々が直接宇宙と繋がることができる」という言葉を信じたい心境だ。

その心は、やはり、誰か何か偉大なエネルギーの庇護を受けることは、おっきなお母さんに守られる感じでいいかもしれないけれど、その分、干渉や過保護などがあり、それがうっとおしかったり、めんどくさいことも多い!と感じているからだ。

良いことばかりと感じるなら、こうした決断をしようとさえ思わなかったと思う。

長年やってきて、伸び悩んだ実体験があるからこそ、別の道を模索したのだ。

もし、いやなことを含めて受け入れたいと思える対象であれば、こうならなかったのだと思う。

私の場合は、正直、この団体の瞑想をすることに対しては、良いことばかりを期待していたように思う。

主人に対してであれば、私は天国も地獄も受け入れる気持ちがあるように思う。

地獄に彼が行くと言ったなら、わたしはついて行きかねないからだ(笑)

でも、それ以外のライフワークの部分にはよっぽど好きになれることではない限り、表と裏があったら裏の部分は受け入れたくないということなんだと思う。

ただ、よく考えてみると、信仰というものを伴っているものだから、最低限その表と裏を受け入れる覚悟が必要なものだったに違いない。

わたしはただ、良いエネルギーに引き寄せられ、甘い蜜だけを吸おうとしていた節がある、ということなんだと思う。

それでは、こういった道は成就しないものなのだろう。

だからこそ、私のようなかんじになったのだと思う。

けど、だからといって自己否定は0%だ(笑)

私には私に合う別の道がある、ということを知ることができた体験だったにちがいない。

だから、ハイヤーセルフのミカエルに電話の後、改めて、「やめるの?」と聞いても、「はい、やめます」でそれに関しての返答は変わらずだ。

親友に以前、「わたし、メンタル弱いし」と言ったら、クスっと笑われ「どんな人にも平等に宇宙からの愛は降り注がれているよ」と言ってくれた。

今の時代なら、直接宇宙と繋がる、ということはできる!と言っている親友の言葉がわたしの今の希望となっている。

 

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