愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

日記

今日は退会の連絡をしなさいとハイヤーセルフに言われている

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10年以上瞑想してきたけど退会する?

私がずっと長らく悩んでいたことのひとつに、自分が10年以上やっていたある瞑想の団体に所属していることがある。

会に所属していて、はじめはエネルギーも気持ちよくて良かったのだけれど、だんだんと自己否定が強くなってしまったあたりから、「あれ?自分には合わないの?」と思うようになった。

そうやって悩みつつ、瞑想をしていた日々の中で、友人が「これからはもう直接宇宙に繋がることができる時代」と昔言っていたことが気になるようになっていった。

でも、これまでは「そんなのはエゴでしょ?」と、その団体で教わっていたことを頭に入れていたため、そのフィルターをかけて見たいたようなところもあった。

ただ、もし、その団体でやっていてうまくいくのであれば、すでにもう今、「うまくいっているなあ」と感じているはず、ということを思うようになってきた。

なので、そんな時、その友人の言葉がまた思い出されるのだった。

ただし、そこでいただけるエネルギーを心地よいと確かに感じた自分というのがいたのは本当だ。

友達に言われたからと言って、そうした自分の感じ方をムシするのは絶対に違う、ということもあり、悩んでいたのだった。

エネルギーはよいけど、会に所属していたくもないし、言われることをしたくもないし、会の人たちと合う感じがない、という複雑な状態だった。

私は一生涯その瞑想をしていく気持ちでいたから、自分がなじまなくなっていったときには、絶望感さえ感じた。

私はダメなの?って。

でも、人生とは、そういうものではないらしい。

また、あり得ない、と思っていた道が開けてきたのだった。

で、最終的にどう自分の気持ちの整理がついてきたのか?というと、以下のようなことだった。

たしかにそのエネルギーは今の自分が自覚している自分よりも高波動で魅力的であったのかもしれない。

そして、そのエネルギーの傘下で守られていることは、それはそれでそのときの自分には必要だったに違いない。

けれども、今はもう地球のエネルギーが上がっており、十分に自分が直接宇宙と繋がるということが可能になってきているよいうことをどこか肌で感じとっている自分がいたからこそ、今までに抵抗感が出てきていたのだろう。

つまり、別の道があるから、ということなのだろう。

こんなかんじのことを思い、退会することを決めた。

おまけに私自身が団体に属することや、何か「○○しなさい」的に言われることがすこぶるいやだと感じている。

それは、自分がこれまで生きてきた過程において、決して自分を自己否定したくない、ということが身に染みているためだ。

仮に今、自分がその教えを広めるために本をどんどん配ることがしにくいと感じているとしよう。

または、そこの教えを学び、どんどん修行をすすめていくのに、毎月通う、ということが「なんだかしたくない」と思うとする。

それに対して、私個人としては、自分を肯定したい、という気持ちが強いため、たとえできなくても全然OKと言ってあげたい、その気持ちしかない。

けれども、団体に属していると、そこの教えを広めることをよしとされるような点はつきまとうし、どうしても、それができない自分に対して自己否定が出てきてしまい、そんなことに苦しめられたのだった。

おまけに、そのできない場合は、それは「エゴ」という風にみなされてしまう。

まあ、たしかに、エゴと言ってしまえばエゴだけれど・・

私としては、今の自分に100%OKを出してあげたい、というのがある。

斎藤一人さんが仰っていたのには、「宗教はしんどいよ」という言葉があり、私が今、所属している団体というのはいわゆる宗教のようではない、という認識をしていた私ではあったが、結局は教えを広める、ということをしていく点において、そのかんじを私は実感したんだと思う。

そして、斎藤一人さんの仰るように、しんどくなった。

やはり、誰かに上から「何かした方がよい」と言う目でずっと見られている、ということは親がこどもにお節介で色々言う感じと似ていて、負担になってしまうものだ。

絶対的に信じている立場であれば、その受け止め方というのは違うわけだけれど、ともかく私には、自己肯定、というのが譲れないことだったから。

それは、どんなにすごい人だろうと、どんなにすばらしいエネルギーが目の前にあろうと、自己肯定ができないのであれば、離れることが自分にとってはベストにちがいないと思う。

自分ファーストというのは一番重要な点に違いない。

その準備としてハイヤーセルフと繋がる、ということをこの1週間くらいやっていた。

この間、これまでずっと手放さなかったその瞑想をせず、ハイヤーセルフと繋がって、宇宙エネルギーを下したり、自分の内側を見つめたり、自分に励ましを送る言葉をかけたりしてきた。

わたしは、これで行こう!ということを思えたわけだ。

実際、ハイヤーセルフと繋がってから、ちょっと落ち込みそうな時があっても、すぐに気持ちが安定する。

これは、今までの瞑想をしていたときには得られなかった。

きっと、他に委ねていたことで、自分管轄でできないので、何かズレがあり、フラストレーションとなりやすかったのかもしれない。

でも、今は同じように、ハイヤーセルフに委ねるスタンスであるものの、自分に直結したハイヤーセルフであるため、シンプルだ。

もし、団体に依存していると、その団体やトップがいなくなったら?とか、指針をもらえなくなったら?などの不安も出てくると思うのだけれど、ハイヤーセルフなら、その心配もない。

自分さえいれば会というカタチはいらない。

呼べば専属のハイヤーセルフと直通だ。

団体の場合、自分はその中の一つの駒みたいな感じがして、悲しくなることも多かった。

他の大勢の人と常に一緒、みたいな感覚があり、それが自分の縛りになっていることを感じていた。

あの人がどうのこうの、そんなのどうでもよかった。

そうした心の中の比較やあれこれも、すべて修行の一貫なんだよ、という風には言われるものの、う~ん、なんでわざわざしんどくなるようなことをしなくちゃならないのか、と思ったりしていた。

けれども、修行っぽいものに自分が少しはまってしまったというのには、きっと前世でやっていたから、というのがあるにちがいない。

だから、なじみがあって、ついやりそうになる、というか。

しかし、今の地球の波動状態だと、もう修行は古いらしい。

このことを私の親友は言いにくかったろうけど、言ってくれた。

でもさ、私、修行っていやだなあ、って途中から思っていたのだった。

修験者じゃあるまいし、私マゾやりたくないし。と思うのだった。

少なくとも、自分がしたくないな、ということに関してはすべて避けて通りたい、という心境があった。

それを肯定したかった。それはいけないこと、と言われない環境がほしいと思った。

だから、もう団体への所属はやめることにする。

ただし、やめたからといえ、自分の宇宙にその団体は存在していることにはかわりないし、そこにあっていいと思う。

特別に否定をしようというのもない。

むしろ、感謝なのだと思う。今まで支えていただいていたのだと思うし。

ちょっと、気づくのに時間がかかったように感じるわけだが、それは勘違いなんだと思う。

やはり、今がベストなんではないかと思っている。

自分で自立するためのポイント:ハイヤーセルフと繋がること。

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