愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

日記

不安・イライラ・引き寄せたいもの、なんでもノートに書く有効性って?

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スーパーのフードコートでのイライラをノートに書き出す

最近は意識的にノートに色々なことを書き出すようにしている。

それは、突如自分の中から出てきたイライラや、不安、アイディア、願望、心の叫び、たわいもないこと、人の悪口などなんでもOK!として書いている。

望みを書くノートと、なんでも吐き出すノートなど分けてはいるのだけれど、総合すると、何でも私はノートに書くようにしている。

きのうはこんなことがあった。

いつも行くスーパーのフードコートでパンを食べていると、一枚続きのそのテーブルに座っていたおばさんが店の音楽に合わせて、テーブルにリズムを刻んでいたことが原因で、テーブルに振動がくるのだった。

そのことに気づいた私は、なんだか急にイライラするのだった。

思考では、「この人も家事の合間にホッとリラックスして楽しんでいるのだから。大きな心で見てあげなければ」と考えはするのだけれど、実際の今の自分はどうはいかなかったのだ。

それを自分で見たくないと思ったり、逃げたいと思った。

こんな自分はよくない、とジャッジもした。

だけど、「待てよ!ちがうちがうそうじゃ、そうじゃない♪」と鈴木雅之の歌が頭をよぎる(笑)

いいんだった、ありのままの自分の気持ちはなんだってOKだった、ということを思い出した。

それで、家に帰ってノートに思うままを書き出した。

そこには、結構ひどいなあワタシ、と思うような内容も入っている(笑)

けど、これでいいのだ。

気持ちを吐き出した後、気づいたことは、わたしは今、ちょっとしたことに反応するイライラを抱えているんだな、ということだった。

だから、「ああそうなのね。イライラつのっているんだね。思うようにならないからよね。」と自分の気持ちに寄り添って、自分のことをわかってあげて、理解したのだ。

すると、なんだか、自分がホッとするのだった。

また、そのおばさんにも、そういう私自身の状態に気づかせてくれてありがとう、と思った。

 

ノートにネガティブ・ポジティブなことをそれぞれ書き出すとこうなる!

では、ちょっとわかりやすく、きのうの体験をまとめておきたいと思う。

ある感情が湧き出てきた時に起きること(または自分に起きやすい傾向)

①どんな気持ちもOKとしているにもかかわらず、いざその場になると、自分を「こうあるべき」とジャッジしがちなこと。

②感情を全部吐き出した後は、自分についての気づきがもたらされること。

③自分に気づいて、自分のことを理解することで、ホッとできること。

④気づかせてくれた対象に感謝できること。

上記を見ると、ちょっとした自分のイライラの体験から、かなり重要なポイントについて気づけたように思う。

ここまで行き着くことができれば、たとえイライラした場合でも、さいご、ホッとしたり、感謝で終われるので、イライラ波動ではなく、安心や、感謝の波動を宇宙に放てるということなのかもしれない(笑)

考えてみれば、このホッとできる感じや感謝は宇宙の波動そのものと言えるのだと思う。

なので、そこにノートに書き出すことで、戻してあげることができたらある種の成功!ということなのかもしれない。

そして、どうしてノートに書くことでこんなことが起きるのだろう?ということもさらに考えてみた。

それは、以下のようなメカニズムになっており、ノートに書くことはそれぞれネガティブなこと、ポジティブなことによって、以下のような効果があるように思うのだ。

 

ノートに書くことの効果(イライラや怒り・ネガティブものの場合)

①湧き出した感情や思いをなんでもノートに書き出す。(文字として目に見える形に具現化される)

②自分の目でそれを確認する。(客観視できる)

③自分と一体化していた感情のエネルギーが自分から外れる。(元々の愛・調和の宇宙の波動と同調する自分に戻れる)

 

ノートに書くことの効果(願望やポジティブなものの場合)

①湧き出した願望をノートに書き出す。

②文字として目に見える形に一番最初の具現化がされる。

③創りたい未来のエネルギーを今ここで創造できる。(ワクワクを伴うことがポイント)

 

こうやって見てみると、途中の具現化されるところまでは、ネガティブなものもポジティブなものも同じ過程をたどるのだけれど、都合よく、最後は、逆方向に行くような感じになるんじゃないか?と思っている(笑)

これはなぜそのようになるのか?と問われると、よくわからない~、というのが本音だけれども、やはり、究極的には、私たちは自分にとって気持ち良いことをしたい!というのがあるのではないか?という風に思う。

つまり性善説が根底にあるとして捉えると、こんな感じになるんじゃないか?と思う。

私自身は、自分がノートに書くことによって、ネガティブなものと、ポジティブなものがそれぞれ上のような状態になるように感じているため、やっぱり元々わたしは性善説の側だ!などと思うのだった(笑)

それにしても、ネガティブな思いは自分から最終的には外れるし、ポジティブな願望などは望みとして宇宙空間に放たれ、現実創造のためのエネルギーとなると思うので、すばらしいと思う。

ノートに書くことの効用をあなどることはできない!

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