愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

日記

ビールで乾杯!自分は今のままで完璧

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寿司とビールを望む

さっき、買い物へ行ってきた。

実はでかける前から望んでいたことがあった。

それは、寿司を食べながらビールを飲みたい!ということであった。

これは、今朝、主人を送り出す前に見ていた、ねぎちゃんというのんべえさんのYouTube動画の影響だった(笑)

朝からのんべえさんの動画を見る私も私だが・・・(笑)

そして、近頃のわたしの気になることは、右耳の耳鳴りと右目の筋肉のピクピクだ。

「ああ、つかれているのねえ」と少し前に自分の今の状態について悟った私は、

その時、主人に「私、どうやら疲れているようだわ」と言ったのだった。

すると、主人はその動画を見ていた私にこう言った。

主人:ビール飲んで寝たら?

私:アハハハハ。

そんな、そんな、と聞き流していた私は今こんな状態です(笑)

よくわが家で食べる、今回はやたらバイキンマン率の高いあんぱんまんせんべいをたべつつ、ビール(といっても発泡酒だが)を飲んでいるのであった。

あ!寿司もちゃんとスーパーのフードコートで食べたのです(笑)さすがにそこではビールは飲めないので宅飲みです!

主人のアドバイス?では、このまま寝るのが良いのだろうけど、なぜかこうして記事を書くことに(笑)

書くからには何か読んでくださる方の参考になるような内容も自分なりに盛り込もうと思っているのだけれど、今回は、さっき買い物帰りに思ったことを書こうかな?と。

 

わたしも、目の前の人もそのまんまで完璧なんだ

その内容はさいきん、自分の中でヒットしている考え方であるからして、リピートしているような気もするのだけれど、自分の中では毎回新鮮な気持ちで実感していたりするので、また新たな気持ちで書いてみたいと思います!

それは、「わたしの今体験していることは、どんなことでもすばらしい」ということです。

一見するととてもばかげているように思ってしまうことだとしても、そんなことも尊いのだと感じられる心をもてたら素敵だと思います。

今の私の行動だって、昼間からビール飲んで、おやつ食べて、このまま寝てしまうかもしれない。。って、ダメ人間のイメージかもしれません(笑)

だけど、こんなことだって、くだらなそうに見えても、私の立場とすれば、実は苦悩した末の行動でもあったりする。

そうです。わたし、目の筋肉ピクピクしているんです(笑)

宇宙とは、わたしが何か新たな行動をしたりすると、それが宇宙空間に新しい広がりとして記憶されていって、無限に広がっていくという。

となると、どんなことをしていても、個人の行動は宇宙空間に影響を与えているということになる。

それって考えてみればすごいこと!

なんだかロマンを感じやあしませんか?!

自分という一見取るに足らないような人のくだらない行動さえも、宇宙の中では優劣なく取り込んで、新たな情報にされていくということなんですよ!

そう考えると、自分って宇宙からはすごい認められている人間なんだなあと思えます。(たとえ私のように親には認めてもらえず育ったと感じる人でも)

そして、することに対して良い悪いのジャッジさえされないわけです。

すべては自己責任の世界なんだと思います。

ならば、人としてできるだけやっていて気持ちの良いこと、愛ある言動はできたらなあ、くらいのことは誰しも思えるんではないかなあと思います。

やっぱり、自分の放ったものと同質のものが自分に返ってくる、という宇宙の法則を理解している人であれば、心底そう思うと思います。

だから、愛を放てそうな時には、積極的にわたしは、すべての人に愛を送ったり、地球に愛を送ったりするイメージをするようにしています。

それにしても宇宙の原理で、何が一番感動するか、ってすでに認められている、という点です。

親や先生からは、自分のやることなすこと否定されたり、強制されたという人も、宇宙はそんなことをまったくしないので安心です。

自分が何をしたって、ジャッジされたり否定されたりするわけではなく、すべての創造は自分にまかされている、というのが大きな宇宙の愛なんだなあと思います。

そんなことを知ったら、誰もがよりステキな人生を創造していきたいと思えるのではないかと思うのです。

また、周囲の人のことも、たとえどんな劣悪な非道な人物であっても、何かまたちがった目で見ることのできる自分に出会えるかもしれません。

私自身は、宇宙は全体としてバランスを完璧にとっているのだなあと思えるようになったので、たとえ世間の常識とすればよろしくないことをしている人に対しても、そうした見方が必ずしもすべてというわけではないのかもしれない、と考えるようになりました。

全体のひずみとしてその役割を担っているだけなのかもしれないからです。

つまり、その人物も、私の宇宙では、私そのものであるのかもしれないからです。

だから、そのように考えるのは、わたしが何も立派な人間になれて良かった、というわけではありません。

そう考えられる自分の方が、楽でいられるし、愛でいられるなあと感じるからなのです。

だから、今、わたしはやっとたどり着けたこの考え方が好きなんです😊

目の前の人を、自分と比較して上だの下だの思ったり、ジャッジする対象としてではなく、

「あ、これも自分の一部を表しているんだな」と思えると、競う対象ではなくなり、戦う対象でもなくなります。

それは、私の宇宙の中でそこにあるべくしてある人であり、環境だったりするからです。

そう思うと、愛すべきすべてなのかもしれません。

もし、変えたいと思うなら、ありのままを認めた上で、望む状態を宇宙にオーダーすればよいだけのことです(*´▽`*)

そのまま、自分が無力だと思っていたら、何も変わりませんね💦

でも、そういう体験さえも、別に悪くもないんです(笑)

それも貴重ですね。人間としてこの世に命を送り込まれているからこそ、できる体験なのですからね。

 

自分を楽にする目の前の世界の捉え方のポイント:

①すべて目の前に現れることは、自分の宇宙の中の出来事であり、自分の投影と理解する。

②望まない現実があったなら、逆にどんな状態を望むかピックアップし、宇宙にオーダーすること。

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