愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

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困ったことは起こらない

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人生にはきっと困ったことは起こらない!

「困ったことは起こらない」

この言葉は私が日常的によくつぶやいている言葉のひとつだ。

もともとは、好きな斎藤一人さんが言っていた言葉をいただいて、使っているのだけれど、この言葉は自分の人生にとって必須の言葉だと思っている。

斎藤一人さんによれば、自分が本当に困るようなことって人生には起こらない、というのだ。

この一言を聞いて、率直に、私は安心感があった。

それというのも、私が小さい頃から何かの刷り込みなのか?ずっとベースに思っていたことは、「いいことの次には悪いことがある」とか、「調子にのると悪いことが起きる」などがある。

宗教的なところでも、カルマがあって「○○しないとわるいことがおきる」というように指導されることが多いように認識している。

だけど、最近思うことは、これって洗脳じゃないか?ということだ。

「○○しないとわることがおきる」と一度耳にすると、たとえば何か高額を支払わないとならないものにも参加して、そのわるいことが起きないようにしなければ・・。なんて思考になりがちだ。

けれども、もし、自分の人生は自分がすべて創っている、ということを受け入れたところから眺めてみると、とたんに受けとめ方が違ってきたりする。

これは完全に仮説にすぎないものの、自分がこの世界のすべてを創っているとすれば、そのいかにも完全そうに見える、立派な、正しいその教えさえも自分の無力感や、正しくあるのがいちばんすばらしいこと、という思考が創り出した現実かもしれないのだ。

だから、一旦、自分の世界の中心は、あくまでも自分の中にいる神のような存在、または大いなる存在、宇宙エネルギーとか、なんでもいいのだが(笑)自分の外にあるのではなく、内側の自分と一心同体の部分に一番の力があると考えるなら、外から言われたことに恐怖を感じること自体がおかしなこと、とも受け取れる。

自分がどうしようもできないことなど、この人生には表れてこない、というのが真実のように感じる。

当然、この真理が生きるのには、当の本人が、「自分がどうしようもできないことなど、この人生には表れてこない」ということを受け入れていなければそのようにもならないとも言えるわけだが。

だから、外の力が一番、と思っていれば、ずっとその通りなのだ。

外側の何か神のような存在が一番であれば、永遠に自分の無力感を感じ続ける人生を歩むことが決定となる(;^_^A

でも、私はこう思う。

自分の一番中心となる部分に一番パワーを備えているに違ないない。

それさえわかっていれば、そんなすごい自分が解決できないようなシチュエーションは来るはずもない。

だから、本来は何も恐れなくていいのだ。

だって、全部自分が創っているのだから。

自分が感じたいように目の前の事実からすべてを解釈してこの人生を歩んでいるに過ぎないわけだ。

たとえ他人から見れば、しんどそう、と思われることであったとしても。本人、感じたくて感じてますから、ってなもんです。

そうして、あえてしんどいシチュエーションを体験したいにちがない、ということも言えると思うのです。

だから、「困ったことは起こらない」ということをちょっと不安がよぎった時には繰り返し言うようにしている。

そして、ふしぎと、それまで不安にさいなまれていたとしても、この言葉を唱えると、なんだか安心できるのです。

つまり、そういうことなのだと思うのです。

そういうこととはどういうことなのかと言えば「困ったことは起こらない」のです。

もし、困ったことが起きたとしても、きっと、その時にはなんとか自分に乗り越えられることが起きるのです。

困ったことって、何かって想像したとき、思うことは、自分には解決できそうもないことだと思うのです。

その視点で見ると、人生には本当に困ることは出てこない、という事を受け入れることで、本当に困ることのない人生をいけるように感じるわけです。

なぜかと言うと、そう捉えている心は、自分自身の力を信じているところからの発言だからなのです。

自分に潜んでいる無限の力を信じていないと、決して出せない言葉だからなんです。

 

不安にならないために使える言霊:困ったことは起こらない。

 

 

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