愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

日記

内なる自分とつながる

スポンサーリンク

本当は内なる自分との対話によって自分とつながることを欲している?

私は主人との関係を良くするためには、自分の内観を大切にしよう、ということを決めたし、そのことが有効だということがわかりはじめている。

今までに聞いたことのある言葉に、「自分の中にないものを他人から得ることはできない」というのがある。

これについては、主人との関係性に陰りを感じた時は、その時点で自分の中にさらに自分を受けとめる、自分を愛する空間を作りだすことで、主人からもそうした愛を得ることができるようになっていくにちがいない、ということを、思うようになってきた。

それを突き付めていくと、結局は自立した物同士でないと、ステキな関係性は築けないのかもしれない、ということを思う。

そして、もっと言えば、人は一番には自分自身にわかってもらって愛してもらうことを望んでいるものであるのかもしれないということだ。

主人にわかってほしい、わかってもらえなくて寂しい、と思っている自分は本当は自分自身に一番わかってほしいと思っているものではないかと思う。

色んな気持ちを一番わかってほしいのは、自分なのだろう。

だから、主人に「私のことを見てよ。私のことを愛してよ。」と思う時は、本当は自分にもっと振り向いて欲しい時なのだと思う。

究極には、それを自分自身にわかってほしいのを目の前の相手(主人)に投影しているに過ぎないのではないか?ということがあるわけだ。

私の中心には神様のようなコアな存在があるのだと思う。

その一番大切な定位置をまるで主人の席だ、という風にして、自分以外の人を座らせることによって、自分が欠乏感をもってしまうにちがいない。

だからこそ、「こっち向いて、こっち向いて」と、自分が内側からドアをノックする現象として、目の前の現実に、うまくいかないこととして、主人との関係で見せられていたに違いない。

私はこれからこんなシチュエーションが目の前に現れていたたまれなくなった時は、内なる自分との対話を求めている時にちがいない、ということを想定しておこうと思う。

そして、内なる自分が何か分離感を起こしていて、わたしにわかってほしいと思っている部分について、よく耳を傾け、認めてほめて愛していきたいと思うのだ。

 

自己肯定のためのポイント:内なる自分と対話をし、一番にわかってほしいと願っている自分が何より自分のことをありのままわかってやることが重要。

-日記