愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

日記

両親と自己肯定感との関係

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まずは父親について

私は、両親から自己肯定感をつけてもらった感じがしない。

というより、その逆のことが日常茶飯事で行われていたということに大人になってから気づいた。

私の父親と母親がどんな人物なのか?ということに少し触れておきたいと思う。

父親はお酒を飲むことが一番の楽しみの、自己中心的な人だ。

自分にとって嫌なことがあれば、すぐさま怒りをあらわにしたり、ともかくわがままなのだ。

母のことも何か気に入らないことがあれば、よく怒っている。

と言うとものすごく悪い人物にしか見えないと思うので笑 補足しておくと、そういうわけではない。

当然、やさしい部分もあるし、ありがたいと感謝している面もある。

ただ、考えてみれば、いつも父親中心の家庭だったので、私の心に対して配慮されたと感じたことがない。

世間一般的に見て、こういうことはやっておいたほうがいいな、ということはしてもらえていたと思う。

例えば、年に数回家族で旅行に行くとか。どこかにでかける、という点では結構恵まれていたと思っている。

また、物質的なものもそんなに苦労したことはなく、だいたい平均的なものは与えてくれていた。

ただ、私は家族ででかけることを楽しめていなかったことを思い出す。

私が全然楽しそうではないから、そのことを指摘されたこともあった覚えがあるくらいだ。

でも今思えば、あの両親といて楽しいはずはなかったなあと思う。

父親はとにかくジャッジが厳しい。揚げ足取りをする。

ほめられた覚えがないのだ。

 

次に母親について

母は割と模範的な母親像の人物だ。

家事をよくこなすし、決して人から見て印象の悪いかんじはない人だ。

妹は母のことは大好きらしい。(私とはちがって)

仕事をしていたので、私は祖父母との時間を多くもっていた。

母は、かなりサッパリとしている。

わが家の両親の場合、男と女の性質がちょっと逆転している?というくらい、父親がネチネチした女性のようかもしれない(;^_^A

母がサッパリしているのはいい点だと思うのだが、私にしてみれば、細やかな配慮が欠如している。

例えば、今日学校でおともだちとこんなことがあったよ、とか話せないかんじなのだ。

話したとしても、あんまり聞いていないようなかんじなのだ。

私が何か言うことに対しては、「気にしない」とか、「もっとたくましく」とか、質問すると「自分で調べなさい」「なんでこんなことがわからないの?」

「こういう風に決まっているの!!」とか、とにかく母と私は会話が成り立たない相性だった。

妹とちがって、まじめなタイプの私は、見ていて可愛げがなく映っていたのかもしれない。

愛情はあったのであろうが、愛情があるような接し方にはあまり見えなかった、というのがこちらから見た感じ方だ。

子育てにおいて、男の子は放任でいいという話を聞くけれど、女の子は細やかに「どうなの?どんな感じなの?」とよく看てやると良い、というようなことを聞いたことがある。

その点において、私にとっては決して良い母親とは言えなかった。

 

両親から自己肯定感をつけてもらえなかった私

私が不幸だったのは、性格的なベースがどちらかと言えば、父親よりの繊細なタイプの女の子だったのにも関わらず、細やかな気配りを母から受けることができなかったので、不安や欲求不満がすごく内側にたまっていた点にあったのだと思う。

これが私が人生すべてを怖いもの、と思ってしまった根本原因になっているように思う。

私がやっとひと言ふた言しゃべれるようになった1歳くらいのときのテープが残っていて、それを聞いたことがあるのだが、ちょっとした一コマに、「ああ、こういうことでエネルギーを奪われてきたんだ」と思う要素が結構あった(;^_^A

ある場面で、私が何かやっていると、「あっこはダメだなあ」と言っていたのである。

今の私がいち人間として客観的に見た場合に、そりゃないよ、という感じなのだ。

大人として、赤ちゃんや子供にそんな言葉を何気なしにかけるなんてことは絶対に避ける。

いまから育っていく赤ちゃんに「ダメだなあ」なんて。

私のすることなすこと、母はだいたい否定していた。

だから今でも気を遣いながら喋っている。

母はどう感じるのかな?とビクつきつつとかね。認めてくれるかどうか?と探ってしまう自分がいたりする。

父の場合は、私が赤ちゃんのときに大泣きしていて、その私を抱きかかえつつ、迷惑そうに人に渡そうとしていた写真が父の私への関わりを象徴しているように思う。

この写真には、主人もちょっと引いていた💦

喜びを表現せず、怒りや嫌味はよく言う父親だった。

ただし、今はだいぶ変わってきてはいる、ということを父の名誉のために言っておくとしよう(笑)

このように話すと、ただ私の人間性がまずい人のようにも思えてくるものだ。

両親のことを悪く言うなんてね。

自分でもそうにちがいないとも思う。

でも、やはり、ここは冷静に客観視して、やっぱり親の関わり方によって子供のエネルギーを奪う、ということが起きていた、という風に思う。

私には弟と妹がいる。

弟はあまり言わないものの、妹に関しては、やっぱり私と同じような意見をもっている。

だからこれはきっと私に限ったことではないのだろう。

むしろ、妹は実は3歳くらいのとき、「この人、おかしい」と父親のことを思ったと言っていた。

その時、父親からひどく蹴られたことがある妹だからだ。

私も、蹴られたこともある。

ただ、子供を蹴るって到底子どものことを思ってやることであるはずがない。

それはただ感情的なものだったにちがいない。

きっと、ギャーギャー騒ぐのがうるさかったのだろう。

仕事でストレスがたまっていたのかもしれない。

でも、そのやり方はない、と言いたい!

妹はすでに3歳にして、親は必ずしも立派というわけではない、という点に気づいており、そのことが良かったのだと思う。

それに比べて私は「自分が悪いからだ」と思うタイプだったため、親を疑うことをしにくかった。

小さな頃から、私があまり元気な感じではなかったのを、親は大人しいタイプだと思っていたらしい。

たしかにそういう面もあるかもしれない。

でも、1歳くらいの私はかなり元気で、強い意見を持っていたことがテープの様子からは伺い知ることができたのだ。

だから、だんだんと親の否定的接し方によって、元気を奪われ、自己肯定感をつけられず育ってしまった。

その可能性がとても高いように感じるのだった。

こうしたことを、よくある話、と片づけることもできるかもしれないが、私にとってはいったんは自分にとっての居心地の悪さとして、自覚しておかなければ、自分の願う人生を創造することにおいて、大きな障壁となる事柄と思っているのだ。

私には到達したい目標があるので、両親が自分に与えた影響は直視しておきたいと思っている。

ただし、きっといい影響を与えてもらっている自分で気づいていない点なども、結構あるに違いない。

それは、母の尽くす心とか、父の細やかな点などかもしれない。

今考えていることは、ここで書いたことをただの不満としよう、としているというのではない。

そうではなく、自分が高く羽ばたこうとしているのを足止めしているマイナスの自己イメージというのはどの時点で誰の影響でついたのか、ということを探ろうとしているということだ。

私は自分の過去生というものもある、という観点から人生を考える方なので、究極を言えば、そうした両親のもとを選んで生まれてきたのも自分、ということも思っている。

よく反面教師、という言葉があるが、実は親子の多くはこのパターンが多かったりするものだと思う。

本当にうまくいっている親子って残念ながらごくわずかのような気がするものだ。

そうでなければ、家族内の揉め事は基本的に起こらないはずだ。

でも、多くの人は家族内の悩みというものをもっていると思う。

そこから一歩外に出るためには、自分が陥ったパターンをまるでゲームをクリアするかのように、何か謎解きをするかのように、客観的な視点をもって解き明かさなければならないように思う。

私が仕事で自分の望んでいるために、このことが必要と感じている。

(つづく)

 

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