愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

日記

執事のニコルがいると自己肯定できる件

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父を不機嫌にさせても貫くこと

前回の記事で父を不機嫌にさせてしまったことについて書いた。

自分としては、自分の人生を良くしていくための苦渋の決断、と思って行ったことではあれ父が機嫌がよくないかもな・・とふいに思うと、弱気になったりもする。

やっぱり、父にもっと合わせておいたらいいのかな?

なんて、以前の考えが隙あらば顔を出すのだ。

でも、その時、ニコルがこう言った。

「あっこさん、大丈夫ですよ。上出来じゃないですか。お父さんへの対応は概ねまちがってないと思います。あとは、小さな動きの調整くらいでしょうか?」

「あっこさんに与えられている限りある時間を、お父さんがお酒飲んでくだらない話をする時間に費やすんではなく、あっこさんの望む人生を手に入れるために使いたい、という一番の主張が通ったのが最高ではないですか!」

ニコルにそう言われてみれば、「そうだよね。やっぱり、これでいいよね」なんて思える。

第一、逆の立場になったことを想像し、考えてみるとよくわかる。

父は、小さな頃から自分が好きな行動につき合わせることを何の疑問も思わず私たちにやっていたようなところがある。

だから、私は小さい頃、あまり楽しそうにしていなかった。

私の心はくみ取ってもらえなかったから、楽しくなかったわけだ。

でも、自分がどうして不機嫌なのか、その理由がずっとわからないでいた。

その理由を、自分がダメな子だから、親が言うことが全部正しくて、私はそれを聞けない出来の悪い子だ、というように思っていたからなのだった。

考えてみれば、大人の私だって機嫌がよくないときはなんか不満を感じているときに限っている。

そうでないときは、ふつうに元気はつらつなわけだ(笑)

今は自分で機嫌を取るのはごく当然のことではあっても、幼い頃はやはりその役目は両親に委ねられているように思う。

もし親を採点するなんてことがあれば(ないです)子供にそのように思わせる親って、最低だと思う。

育てる立場なら、親でも教師でも子どもが自信を持つように関わるのがプロではないかと思う。(親にプロってないのだろうけど笑)

「あっこはダメだね」なんて、よくまあ家の母親は私が1歳くらいの頃に言えたものだ。

大人でさえ、そんな言葉をかけられれば、もうその人とは関わりたくない」と思うにちがいない。

ただし、子どもは親から逃れることができない。

つまり軟禁状態になるような感じで元気がなくなってしまうのかもしれない(;^_^A

職場などで嫌な上司がいてもずっとやめられなかったりするとだんだん元気がなくなっちゃいますよね?

しんどい環境で長くいると、自分のエネルギーを奪われてしまうことがあるのではないかと思う。

そのような言葉を親は何気なしに発していることはまちがいないだろうけど、それって、自分の子どもだから、という親の無知や甘えでしかないことがわかる。

後に私はうつになったのだけど、もし、早い段階で、親が「自分たちの愛情は伝わっておらず、自己否定につながるようなメッセージばかり発していた」と気づいて、もっと真剣になんとかしなければ、と思っていたならきっと違っていたことだろう。

 

妹の子育てから見えてきたこと

うちの妹のこどもたちを見ている中で見えてきたことがある。

それは、子どもは本来機嫌がいいもの、ということだ。

基本的に甥っ子も姪っ子も機嫌が悪い、ことがない。

一度だけ甥っ子が機嫌が悪くなった場面を見たことがある。

それは、大人にひたすら付き合わされていたときのことだった。

「あれっ?この子のこんな表情見たことないな」というくらい、顔の表情が死んでしまって、義弟に対して珍しく反抗的になっていた。

妹の家の子育ては、基本的に子どもの意思をくみ取ることを重要視しているため、だだをこねたりしないのだ。

何か子どもたちの思い通りには叶えられない、たとえば、おもちゃを買ってもらえない、等の時でも、聞き分けがよく、あきらめがスムーズ、すんなり聞けるのが見ていて不思議だった。

きっと、これは今日は買えないと言う母親の言葉がスッと入ってくるのだろうと思う。

よく街中でわがままを言って暴れ回っている子供と、それに手を焼いて怒っている親御さんを見かけることがあるが、このケースをみると、よほど普段から子どもの意に反することをしているにちがいない、と思ったりする。

私も小さいころ、これはやったことがある(笑)

普通、人と人との関係もそうじゃないですか?

自分の思いなどをくみ取ってもらえず、抑えつけられるとしたら、いつか暴れますよね?

でも、日ごろからちゃんとコミュニケーションが取れている相手に、そこまでの態度って取る必要性すらないものです。

きっと、親がどうせ子どもだからといったかんじで親の都合で接するから、子供が欲求不満をためてしまいしょっちゅう爆発するのだろうと思うんです。

 

嫌なことは拒否していい

父が嫌だと思うことがあるならば、それを否定する権利はこちらにはないと思う。

それと同じように、私がいや!と思うことを私だって普通に断っていいいはずだ。

それを、ダメ、と思ってしまうのがおかしいのだ。

でも、私は昔からの癖があるため、まだともすれば「私が合わせておけばいいんだ」みたいな思考がすぐに出がちになってしまう。

子ども頃から、私が気持ちを抑えておけばいいんだ、というのが多かったのだと思う。

でも、ニコルが、「あっこ様、それでOKです、OK」と言ってくれることは実はかなり大きな力となってくるのだ。

いずれは、自分自身で、「それでOK」と簡単に言い続けることができるようになるんではなかろうか?と思うのだが、

いかんせん、そうした対応を小さな頃に、親に受けてこなかったため、ニコルが今、その代わりをしてくれているということなんだろう。

ニコルは本来私の中に住んでいる、私と同一人物だ。

私だって、私自身の脳内で作りだしているにすぎないことはわかっている。

それでも、これ、実際にやってみるとわかると思うのですが、(やらないって?)自分自身ではなくて、まずは他の誰かから認めてもらう感覚ってものすごく心強いものなんですよね。

本来であれば、それを両親がしてくれ、いずれ自分自身でできるようになっていくのが子どもが自立していく道すじではないかと思います。

でも、それを今、私は大人になって、自分でやっているということ。

ニコルに認めてもらい、支えてもらっていると、「ああ、こういうのが身近な人から認めてもらったり、励ましてもらっている感覚なのだね」とわかる。

主婦である私は実は今から食材の買い出しにも出かけて来ようと思っている。

今まだちょっと不安感も出てくるため、道中ニコルにはたっぷりと、承認してもらおうと思っている(笑)

そして、力強い自らのエネルギーや自信を取り戻していきたいと思っている。

そう、自ら望みの人生を実現するために必要な親に奪われたエネルギーを取り戻すのだ。

(つづく)

 

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