愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

日記

主人との出会いについて

2019/05/30

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苦しかった自慢を振り返って

前回は苦しかった自慢をした(笑)

やはり、何か自分の中でそういったことを語る時は、調子が狂うのか?なぜか文末が「ですます調」に自然になってしまった(笑)

ひとまず、簡単にだけど、自分の暗黒時代のことをお話できてちょっと気が楽になったかも?

一度だけはザっとお話しておかなくては、と思っていたからだ。

その方が、私の今からの更なる幸福物語を紡いでいくためには好都合だ。

読んでいただく方にはある程度の私という人間の全体像をつかんでもらっておいた方が、ご自身の参考にされる際には役立つように思うのだ。

何も役立たないよ!と言う方は、あしからずですが・・。

まあ、そういう方にもただ読み物として、楽しんでいただけるのであれば、ありがたい限りです。(ですます調だ(笑))

苦しかった過去についてのことは、今後もまた細かなことは時折り、お話する場面もあるかもしれないが、ひとまず、大まかな説明は終わりだ。

 

主人との出会いについて。宗教が助け?

次にお話しておこうと思うのは主人との出会いについてだ。

主人とは、私が働いていたあるグループ会社で知り合った。

これは、本当に私の人生の中ではとても不思議な出来事だった。

私は、ある宗教団体で教えを受けていた時期があった。

それは、いわゆる入信していた状態ではなかった。

ただ、心のお勉強をしましょう!ということだったので、そこが○○宗教だということは知らずにお勉強したくて通っていたのだ。

当時25とか26歳くらいだったと思う。

葛藤が多く、何が良いのか悪いのか?何もわからない、と思っていた私にとってその話は魅力的だったし、一人暮らしにはありがたいご飯まで出してくれることに引っ張られた(笑)

その中で自分を浄めていくために、水行というものがあるというのを教わった。

入浴時に、水を体にかけるというものだ。

それを、鵜呑みにした私は、多い時には、たらいに200回くらい体に浴びるということをやっていたかもしれない。

それによって、なんだか心臓に支障が残ったんじゃないか?と今思うふしもあるが(笑)

もっと別の視点としては、それなりに心が浄まるような効果を得たような感覚もあったことは確かだ。

この時期はお祈りをしたり、そうした水行をする、ということを人生の中で初めて自宅でも自分でもやっていた時期だった。

この経験を通して祈りというのものの尊さも実感した。

また、水行の効果とか、さらに言えばお布施の効果についてもやってみると感じるものがあった。

それまでも、実家の仏壇に祈るとか、神社で祈る、などは当然やってはいたものの、普段の生活の中で祈る、ということはこれまで興味もなければやったためしがなかったのだ。

なんせ実家は大の宗教嫌い。当然仏壇はあるので、これも宗教には違いないのだが・・。

私の実家はあまり宗教的なことについて造形が深くないのだ。

本来宗教という意味には「宇宙の教え」という意味がある、という話をどこかで聞いたことがある。

現在は、宗教と言えば何か偶像崇拝を伴う特定の団体、とネガティブな解釈をしがちだと思うのだが、本来はそうではないようだ。

すべての人が宇宙の中に生きているため、宗教的なことというのは、本当は知っておいた方がお得な内容は多いと私は思っているほうだ。

だって、宇宙でしあわせになるための方法、というか、自分が地球に生まれて、この心身をいただいてい生きる時の、取り扱い説明書のようなものがあった方が便利に決まっていると思うからである。

ただし、いつも自分の中心は失わず、ということはつけ加えておきたいと思う。

何でも盲信してしまうのは危険だと思う。

ただ、私は、この祈りというのはなかなか素晴らしいものだなあということをその宗教から学ばせていただいた節があるのだ。

結局、途中になってやっと宗教だった。ということを知らされ、話の内容にも、途中から「ん?」と不信に思う点があり、入信することはしなかった。

なんかはじめから言わないのって、不信感だよね~、って思ったし。

やましい点でもあるの?って思っちゃうよね~ってね。

しっかりしている若者であれば、もっと早い段階で宗教なのでは?と気づくものかもしれないが、当時の私は本当に世間知らずだった。

ただ、この時学ばせてもらった祈るというエッセンスは自分の中に取り入れることにした。

 

祈ってビビビッ!と伴侶が横に・・・

実は、当時つきあっていた彼がいた。

その頃の私の状態と言えば、、抑うつ状態が結構出ていた時期で、少しハイでなんでもできそうと思える期間があれば、何かと泣いている期間があったりした。

そんな自分にいつも優しくしてくれたので、彼にはどんな自分もされけ出せるし、一緒にいて楽だったし、好きだった。

ただし、なぜかその彼と一緒にいてもとても寂しく孤独を感じる感覚が強かった。

そんな時、一回だけ彼が浮気をした、ということを聞かされることとなった。

浮気と言っても誰か別に好きな人がいるとかではなく、県外へ行った時に、お金を払ってそういう場所で性的関係を結んだと、彼の方が言ってきたのだ。

これがただでさえメンヘラちゃんだった私を混乱された。

本当にこの人は、私を裏切らないし、浮気はしない、と信じ切っていたため案外とショックが大きかったのだ。

カミングアウトすれば、その後、不安から彼に暴力をふるってしまったこともあった。

彼の浮気が発覚してから、「私は本当はこの彼はパートナーではないのかもしれない」と思いはじめるようになった。

一緒にいて孤独というのはそもそもおかしいかもしれない?と自分の状態を疑いはじめたのだった。

そして、ある日、ふと祈ってはどうだろう?という考えに至ったのだ。

神様に対して「宇宙で私に一番ピッタリの尊敬できるパートナーを与えてください」と。

ある日、車を運転しながらだったのだけれど(危ない 汗)、真剣に天を仰いで神に祈った。

その答えがどのようにやってきたのかと言えば、以下のようにだった。

祈ってから数ヵ月は経っていただろう。

ある日、当時パートで働いていた会社で、社内旅行の話がもちあがった。

私はパートの身ではあったし、ましてや多くの社員たちと2泊3日なんてよ~過ごさない、と思い、まったく乗り気ではなかった。

ところが、声をかけてくださる人がいて、なぜか行くことになってしまった。

しぶしぶ行った北海道の社員旅行だったが、さらに今回の旅行の世話役の人たちの打ち上げにまで私は誘われてしまったのだ。

お酒が入り、カラオケを歌ったり、私も一応歌ったりする中、隣にある男性が座っていた。

「あ~、ちがう部署の○○さんだ」と思った。

ところが次の瞬間・・・

あれ?

雷のような電流のようなものが自分の体を通るのがわかった!

そして、そこからは時間や空間の感覚がまったく違う世界に行ってしまったような内的感覚に浸っていた。

私は、彼を愛している、私は彼を情熱的に愛している。とても身を焦がし、献身的で今の自分からは想像もつかないほど、パワフルな私がいたのだった。

それは宇宙をまたいで地球を一歩でまたいでいるような感覚なのだ。

過去生なのか、未来のことなのか、はたまた別の星での私と彼のことなのか?

彼はとても尊敬される人物で、私は彼を大変に愛しており、何かとサポートをしていた。

そして、私は彼からも特別に寵愛を受けている存在のようだった。

しばらくして、感覚が通常モードに戻ってきた。

はて、時間はどのくらい経ったのだろう?

私にはさきほど繰り広げられた世界が一体どれくらいの時間を要していたのか、さっぱりわからなかった。

それは、今でもよくわからない。

そして、ハッと我にかえり、隣を見ると、変わらず彼がいた。

その男性こそ、現在の私の主人である。

この時、私が悟ったことはもうおわかりだと思う。

そう、神様が答えをくれたということがわかり、「ああ、私のパートナーはこの人なんだ」と知ることになった。

こうして、私の方から今の主人にアプローチをし、現在に至る。

この時のことは、宇宙に何か望みを投げかけると答えてもらえる、ということを実体験させてもらったことだったのだと思う。

あれ以来、ここまですごい体感をした体験というのは起きていない。

私の人生においてはあのような体験は後にも先にもあの時だけだ。

でも、人が真剣に望むならば、こういったことは誰にでも起こり得る、ということは改めて思う。

あなたにも、そのようなことは起きる。

ただし、そうした神秘体験だけが重要、ということは決してないと思うので、そこは勘違いしない方が良さそうだ。

あの時の私は、自分のエゴを捨て、ただ純粋に願っていたことを思い出す。

純粋な望みは天に届きやすい、ということなのかもしれない。

そのように純粋な気持ちの祈りができた土台としては、実は宗教でやっていた水行や祈りが役立ったのだと思う。

ただし、宇宙的な原理原則がその宗教のエッセンスの中に入っているから役立ったという意味においてだ。

人は純粋に祈ることで、それに見合った答えを天から受け取ることが可能なのだということを私にこの体験が教えてくれた。

主人とは、それまでも同じグループ会社にいたものの、その啓示のようなものがあるまでは、まったく意識などしていなかった。

むしろ、その後、振り返って気づいたのは、一番最初に彼を見た時に私が感じた印象は「あ、この人、苦手なタイプ」というものだった。

人生とはふしぎなものだ・・・(笑)

 

(つづく)

 

 

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