愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

日記

主人に思いを伝えると・・?

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帰宅が遅かった主人

夕べは主人の帰りがいつもより遅かった。

こういうのも慣れれば平気なのだろうけど、たまに遅いと、主婦にとっては家事や生活のリズムが狂うので正直ウェルカムではない。

でも、仕事関係だから、しょうがない、と自分を納得させていたりする。

と言ってもわが家は普段の帰宅が18時前のことが多く、一般の家庭と比べると甘っちょろいと言われるにちがいない。

夕べの主人の帰宅は、19時半頃だった。これって一般的にはごく普通って感じよね?

もしくは早い方よ、な~んて声が聞こえてきそうだ(笑)

まあ、でも人間は自分の普段の生活を基準にして何かを感じたりするものですから・・。アハハ。。

主人は帰宅してすぐお風呂に入り、ご飯を食べ、就寝時刻としては彼にとってのいつもと同じ22時半くらいになった。

ご飯を食べながら、主人は今日仕事関係で会った人からきいた話にヒントがあったようなことを言っていた。

収入をあげるには、目標設定をしたら、自分たちはもっと気楽に構えていたらいいんだ、と思えたんだそう。

私たちも目標金額として”月収100万円”、などと壁に紙を貼っており、それはいいことにちがいない!と理性では思うものの、私だけは内心なんとなく気分が悪かった。

仕事先で聞いた話は素直にそう思えて、私には冷たい時とかあるんだ!という、まあちょっと幼稚なやつだ(笑)

でも、いくら幼稚でも、今の私は自分の感情をすべて味わい受けとめることを良し!としている。

そのことが、自己成長のためには欠かせないと理解しているからだ。

 

自然と口から主人に伝えたい言葉が出た!

「おやすみ」と言って布団に先に入る主人を後目に、私にはまだ洗い物やトイレ掃除、床拭き、今後の目標をノートに書くなどのルーティーンがまだ色々と残っていた。

でも、家事の手を一時ストップし、それまで話していたことの続きを、布団に入っている主人に向かってしはじめた。

そこからなぜか、

「わたしは話したことで、あなたにイライラされたりすると、悲しくなったり、腹がったりするから・・」というように口から勝手に言葉が出てきた。

これは、ずっと1年くらい私の中に溜まっていた彼に伝えたい本音の部分でわかってほしいことだった。

それを聞いた主人はまた、怒るのかな?とちょっぴり不安になったものの、その時の私の口調はまっすぐな意志をもっていたためか?主人の心にも届いたようだった。

主人は、ちょっと眠たそうにしながら、このように言った。

「それは人それぞれの対応だから、あっこがそれで落ち込んだりすることはないよ。」と。

それで、ここぞとばかりに私も言った。

「そうだよね。外の人達の中にいると、孤独になってしまうけど、あなたといると、そうはならなかった。だからこそ、今まであなたに傾倒しすぎて、あなたが不機嫌になると私が機嫌を取ろうとしていたのだと思う。でも、もうやめた!」と・・・。

正直、主人がちゃんと私の目線に立って、対応してくれたことには驚いた。

そう、イライラするのは主人の問題、ということを本人は結構自覚しているようなのだ。(ということは、それをわかった上でずっと私に甘えていたということではなかろうか?)

そして、今、そのことは2人の共通認識となったのだった。

これは、私にとっては好都合だ。

今後、私が何か話した時に主人が今までのごとくイライラした言動をするのであれば、それは全部主人の問題としてブーメラン方式に彼自身に返すことができるにちがいないからだ。

今後やりやすいかも?そう思って、私は彼に気づかれないように心の中でちょっとニンマリした。

 

主人に腹が立たなかったちょっと異常?な私のこれまで

私は、主人と出会う前、もう自分の人生に希望が持てないような感じだった。

そこに、主人との出会いがあり、もう一度私が生き還ることができた!と感じたのだ。

だからこそ、結婚して12年目までも、主人のことを腹立たしいと思ったことがなかったにちがいない。

今思えば、これってかなりレアなケースであることがわかる。

でも、なぜそうだったのか?と言えば、すべて主人が腹を立てた時には「わかるよ、わかるよ」という感じの立ち位置で私が接していたから。

ただ、今の仕事をはじめてからは私も自分の意見をはっきり出していかなければならない状況になったため、そこでこれまでとは変わってきたのだと思う。

前の私はすぐに自分の意見は引っこめて、彼の気持ちに沿うような対応をしていたのだと思う。自分としてはごくふつうのことではあったのだけれど・・。

長年こんな感じだと、おともだちからは、「珍しいよね、こんなにずっとラブラブな夫婦」と言われたりした。

本当に、私にとって一番大切な人はまちがいなく主人にちがいない。

そのこと自体は、主人に腹を立てるようになった今でも変わらないことは自覚している。

随分前、もう10年以上前に、私は納税日本一として有名な斎藤一人さんを知った。

斎藤一人さんの教えを熱心に学んだりしていた時期がある。

実は主人も一緒に、まだ恋人時代に、斎藤一人さんの教えを何度も講演テープを聴いたりしていた時期があったのだ。

その時から、おそらく今もずっと一人さんがおっしゃっていることがある。

「人の機嫌を取ってはいけない。機嫌の悪いのは相手の勝手で機嫌が悪い。

こちらはこちらの勝手で機嫌がいいのだから、機嫌の悪い方に機嫌の良い方が合わせちゃいけない。」

この内容についてわかっているつもりだったのに、なんと一番身近な主人に対して、私はご機嫌取りをやっていて、それに気づかなかったわけだ。

好きになるって怖いよね(笑)

恋は盲目と言うけれど、だいたい結婚して3年で幻滅する、なんて言われるのに、10年以上もある意味私はそこに至らなかったのである。

自分の特殊さにある種の驚きを感じる(笑)

私は、今のインターネットの仕事をするまで気を強くもつ、という概念が皆無だった。

強気がなければ、たいていのことが人の言っていることが正しいような気がしてしまうのだ。

きっと、私が特殊だったのには、そのことも大いに影響していると思う。

また、実際に主人のことは信頼しきっていた、ということもあるけれど。(のろけか?)

あまりイメージしにくいかもしれないが、例えば・・

母親であれば我が子がすることや考えることには、「うん、うん」となんでもそのように受容するケースというのがきっとあるんではないかと思う。

親子であっても、ふつうに腹立たしくなるとか、言い合うとか、そういう場合がきっと多いのかもしれないけれど、大きな意味ですべてを受け入れる感じ!

これが、私が主人に対してもっていた感覚に近いのではないか?とは思っている。

私と主人との出会いのふしぎ、というのがあるのだけれど、それはまた別の機会にお話することもあるかもしれない。

ともかく、昨夜は自分の思いの丈を主人に伝えることができ、主人もそれを自分都合に変換することなく、私のことを考えてくれた、ということで、私としては万々歳なのである(笑)

これもやはり、普段から自分の本音と向き合うようにしてきたからに違いない。

抑圧はやっぱり駄目ね。

まあ私のように抑圧していたこと自体に気づけない、ということって、人それぞれ違う形ではあるだろうけど、決して珍しい事ではないのだろう。

 

自分がしんどかったから同じような誰かのためになりたい

もし、読者の中で抑圧がひどい人がいるのなら、本当にそのしんどさについては私はある程度の共感はできるのではないかと思っている。(話を沢山聞いてあげる、と言っているわけではない)

だからこそ、今後も同じような想いを抱える人に、このブログの内容の一部が、少しでもヒントになったり、心がちょっとでも軽くなれば、ということは思っている。

もし自分だけの体験記録日記であれば、こうしてここに公開する必要はない。

むしろ、自分がこっそり書くだけの日記にした方がやりやすくもある。なんだって書けるから(笑)

いや、でも色んな部分を整理するため、という観点においては、人目に触れる方が注意深くやろう、というような意識は高まるかもしれないけれど。。

あと、下世話な話に聞こえるかもしれないが、もし多くの人に見てもらえるものができあがれば、わが家のインターネットを使った収入になる、ということもしっかりある(笑)

まあ正直に言えば、ここが一番でしょうね。はじめようと思ったきっかけはね。

生きていくのにはお金って大切ですね。ハイ!

でも、自分にできることで何か人のお役に立つことがしたい、というのも人間であればこそ、きっと誰もが本能的に持っているものではないかと思う。

だから、私のしんどかった自慢というのも、次くらいに書こうと思っている。

だって、やっぱり人は、自分だけがこんな辛い思いをしているんだ、って思うと辛いもんね。

しんどいことを聞きたくない、という人は、ここには来ないでしょうし、今しんどいという方の何かのお役立ててもらえたら私はうれしい。

昔はとてもしんどかったのに、今は楽になれた人もいるんだよ、ということが聞けたら、今の状況でもなんとか生きていこう、と思えるかもしれないから。

そう、私は現時点で、我が家の仕事を成功させたい!主人ともっと幸せになりたい!というのがあるわけだけれど、案外、のほほんと幸福にも生きていることは知っておいていただきたい。

ただし、私の生まれ育った家庭環境について言えば、ごく普通で、むしろちょっと幸せそう?な家庭に見えるくらいかもしれない。

生まれた実家では特別に激動なことは何ひとつ起きはしなかった。

しかし、私はそのような家庭でこそ、かなりしんどい人生を生きる基盤をつくっていたにちがいない。

世の中には、かなり大変なご家庭に生まれてしんどいしんどい人生を歩んできた、という方がいらっしゃるに違いない。

そうした境遇の方の個々の苦しみについては、私はなかなか理解できないかもしれない。

でも、内面的葛藤をすることのしんどさ、という部分については案外誰にも負けない(何自慢なのか!)というくらいの経験をしてきたように思う。

だから、そういった方でもひとまず家庭環境が違う、ということだけで判断しないでいただけたら幸いに思う。

そうすれば、もしかすると、私のこのブログがしんどいあなたの気持ちを軽くすることがあるかもしれないので。

ぜひ色々な記事をチェックしていただけると良いのではないか?と思うのだ。

(つづく)

 

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