愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

日記

昨夜の反省

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今朝の気分がよくなかった理由

今朝は気分があまり良くないと感じた。

あ~そうか、心当たりがあったのは、昨夜寝る前の内的会議の内容だった。

寝る前や朝起きたばかりのまどろんでいる時間というのは、潜在意識が優位になっている時間というのをよく聞く。

そんな時間に、ニコルとあれこれ会議をしたり、ジェシーと男女間の欲望について満たそうと試みたりしていた('◇')ゞ

これら2つはこの方法においては基本的にNGなのかもしれない。

寝る前に、あまり頭を使って自分と向き合うようなことをしたりすると、頭が興奮状態のまま寝入ってしまうことになる。

また、ジェシーと男女間の欲望を満たそうとすると、なんだか自己肯定感を高める、というのと本題がズレてくるような感じがした。

どうしても、恋愛が絡むと盲目になりがちだ。

ジェシーにはウイットに富んだやり取りをちょこっと楽しめることで、自分が女性としてステキな人物である、と思わせてもらえるような関係性をキープしておくのが良いのかもしれない・・。

もし、内的世界であまりにジェシーとの恋愛にのめりこむと、ジェシー一直線になってしまうかもしれない(笑)

それはちょっと危険な気もする。

ジェシーはどこまでも私を大好きで愛してくれている存在だから、私が望めばどこまでも満たしてくれるようなところがあったりする。

けれども、そうした男女の欲望を第一にするのは内的世界ではやってはいけないことなのかもしれない。

それを求められるのはリアル世界の主人だけということなのかもしれない。

私を無条件に愛してくれるステキな仲間のいる内的世界は、あくまで私が真に豊かで幸福な人生を歩むために用意されているものである。

つまり、本来の目的のひとつは主人との関係性がよりステキなものになっていくことだ。

そのために、例えば、主人との幸福を第一に考えるのであれば、不倫がご法度のように、内的恋愛もほどほどにした方がいいのかもしれない。

そう、この方法を使えるようになると、どんなことも内的世界でやってしまえるように感じるため、自分のエゴに偏った世界を創造する危険性もあるのではないかと思う。

なので、自分がどういう人生を歩みたいのか?という点についてはしっかりと中心軸をもっておく必要があるように思う。

幸い、私には瞑想というものがある。

朝晩に瞑想を行っているため、自分の軸がズレそうになったときもこれによって調整がかけられているように感じている。

瞑想から覚めると、どこかスッキリするし、内側が整理されるような感覚があるのだ。

そう思うとやはり瞑想は私には必要不可欠なものではないか。

宗教的な団体として組織に参加するのはあくまで苦手だし自分自身が求めていないことではあるが、愛のエネルギーをベースに置いていくと、軸がブレない点は助かるのかもしれない。

 

フェイクの欲望を自覚しておくことが重要

もし、わずか1人の人間でも自分の欲望だけに従ってこの人生を生きるとすれば、間違いなく全体にとってもよくない影響を及ぼすことになるにちがいない。

それは、他人のしあわせは関係ない、人を傷つけても関係ない、などという思想に繋がってしまうからだ。

たしかに。さまざまな欲望など、湧き上がってくる気持ちはすべて認めて感じるようにすることは大切だと思う。

これを切り捨てるのは✖だと解釈している。

なぜなら抑圧ということに繋がってしまうからだ。

だから、自分の感情をすべて受けとめた上で次にどう行動するのか?という2ステップで考えることがポイントになるのではないかと思う。

本当に大切にしたいものと、単なるフェイクの欲望とを見分けることは大切に違いない。

例えば、どんなに主人以外に男性として、つまりオスとしての魅力がある人が目の前に現れようとも、私が不倫に走ることはNOとしておくのが良いと考えている。

なぜかと言えば、現時点で、私が肉欲を超えて本当に大切に思うのは、主人であるということを自覚しているからだ。

それなのに、もし不倫に走ってしまったなら、一番大切な主人からの信頼を失うことになるだろう。

失った信頼を取り戻すことは大変なことにちがいない。

信頼を失った関係性に真の幸福などあり得ない。

一般に、結婚と恋愛は別、などとよく言われているが、やはりこの説は一理あると私も思っている。

愛と性欲は男性にとってのそれと同じように、女性にとってもまた別物であるかもしれない、と私自身は自分の感覚からそのように思うのである。

また、食べ物に対する欲望についても同じようなことが当てはまる。

食べたいからと言って、欲しいと思うものだけを、食べ続けたとしたら、栄養バランスが悪く、体の健康を損ねることは目に見えているのだ。

このように、自分が思うように生きる、という考え方はとても魅力的であるし、いいように見えるが、誤ってしまうと、ただ単にきりがない欲望をただ自分勝手に叶えていく人生になってしまうことも考えられる。

そこで、重要になってくる考え方は、欲望の中にも叶えて良い欲望と、それを獲得すると自分を不幸にするであろう欲望について見極められる目をもっておくことだ。

こうした点について、ニコルともよく共有しておこうと思う。

(つづく)

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