愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

日記

主人との今までと未来はいかに?

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主人がとてつもなく好きで一緒になった

私は主人がすごく好きで一緒になった。

私からアプローチをし、つきあった。

だから、ずっと尽くす気持ちが強かった。

だけど、本当はどこか見返りを求めていたのかもしれない。

今思うとやさしくしてほしい、愛してほしい、という気持ちがあったからたくさん尽くしていたようにも思う。

でも、現実は違った。

結婚生活が長くなってくる中で、主人は慣れ合いからなのか?

むしろ私からすれば逆にそっけなく感じることが多く、寂しいと思うことが多くなった。

 

仲間と一緒ならさらに愛の大きな女性になれるかもしれない

今、なんとなく思っていることは、私はここで自分をさらに成長させる必要があるということだ。

なんだかんだ言っても主人の元だったらから、ここまで来ることができた。

もし、他の男性だったなら、私はとっくに愛想を尽かせていると思う。

私にとって主人は特別だった。

だから健気にも?私が成長することで、さらに主人を安らがせてあげられる存在になっていくことができるということなのかもしれない?

などど往生際のわるい思いを手放すことができないでいる。

主人に少し前に、私の好きな部分を聞いた時、普段この手の質問ははぐらかして答えないのに、ちゃんと答えてくれた。

その答えを私はきっと忘れることがないであろう。

彼の答えは「顔と包容力」だった。

ということは、私の包容力に彼は少なからず助けられている、ということを彼が思っているということじゃないのか?。

もしそうであるなら、私は彼にとって必要な女性(ひと)であると言っていいにちがいない。

素っ気なさそうに見えても、それでも私は彼にとって大切な存在であるのかもしれない。

女性である私から見れば、結婚生活が長くなるにつれ、なんとなく冷たくなったように感じていた。

または、女性として見られなくなってしまった、など、ネガティブにとらえがちだ。

一方でこういったことは夫婦にはよくある話だ、と締めくくることもできるかもしれない。

でも、私はそのようにできる性格でもない。

また、主人はきっと私のことは好きなんだろう、というなんとなく漠然とした確信もある。

特別浮気に走る気配もないし・・笑

得てして、女性にとって求めるものと、男性が求めているものは違うと言われる。

感じていることも違うものだ。

ある人の話によれば、男性は奥さんに地面のような存在であることを求めているというのだ!

女性は、ずっと大切に扱われたいものだ。

だからそれって女性からしたら、うれしくないものとしか言いようがない。

しかし、男性の多くは、自分を自然に支えてくれているような地面のような存在を実は大切に感じているのかもしれない。

そんな中、女性に適切に甘い言葉がけができる男性というのは、ネガティブにとらえれば、女慣れしているだけかもしれない。

 

このままいくとモテモテになる?

女性と男性は本当になかなか分かり合えるものではない、というのはもはや世の中の常識である。

現時点で、私は彼とだから、次の段階に進んでいけるのかもしれない、と考え、希望をもったりもしている。

こういったある種ふしぎな仲間たちとの会話によって、本格的に成長し、彼に色々なことを求めず逆に彼のことを愛することができる私になるのかしら?

(う~ん、今までのお花畑的な発想なのかもしれない。笑 キレイにまとめてしまったかもしれず・・)

ただ、冷めていく夫婦関係にはなりたくないなあという希望をもっているのは事実だ。

友達からは、世の奥様方は旦那さんに冷め切っている人も多いと聞かされている。

確かに、世の奥様方のそんな気持ちはよ~くわかる。

だって、結婚生活が長くなると優しい言葉をかけてくれたり、プレゼントで愛情を示したり、って減ってくるよね~?(誰に話しているんだろ?笑)

そりゃ、ふつう女性なら冷めるさ。

だって、女性は永遠に乙女なんだもん。

心のピュアな部分はそうなのに、それが男性には伝わらないから、不満がたまっていくうちに、だんだんと男性にキツくなったりするのだ。

このような女性が強くなる現象というのは、男性に理解してもらえない女性のさみしさが発端なのだね。きっとね。。

 

本田こーちゃんによれば、自分の中で繰り広げられる会話というのはそのまま外の現実と同じようになっていく、ということだ。

ということは、私には、ミッシェルやジェシーなんかもついている。

私をこよなく愛してくれ、女性として扱ってくれるメンズたちだ。

ということは・・・。(*‘∀‘)

この調子でいくと・・。

ふつうに考えて、私の内的世界で自分を大切に扱うことができるようになれば、主人もそのように変化したりする?

最悪、主人がそうならならなかった場合でも、周囲からモテモテになれるかもしれない?!

 

自分の中にないものは相手からどうしたってもらえないものなのかもしれない

私は自分の中に持っていない部分を人からもらおうとしてもどうしたって無理、という話を聞いたことがある。

私はこれを受け入れたからこそ、仲間と会話する方法を実践してみているのだと思う。

主人と10年以上生活してきたことを振り返る中で、今になってそれが本当のことかもしれない、と正直落胆している部分があるのだ。

 

私の幸せってこんなものだったのだろーか?

生涯をかけて一緒になろうとした男性からこの程度の扱いしか受けられないものなのか。

自分は尽くしてきたつもりだったのに。。ってなかんじで、さびしくなることが遅ればせながら結婚生活13年目から出てくるようになった。

それまでは、主人が好きすぎる状態がずっと続いていた。

よく結婚は3年くらいで飽きるとか言うけれど、なんと私の春はとても長かったのだ。

 

でも、もともと自分の生い立ちの影響から、蝶よ花よ。とされて育ってきたわけではない私なのだから、このようになるのは当然なのかもしれない、と思った瞬間があった。

それなら、よくまあ10数年もそのことに気づかず、尽くしてこれたものだ。

夢見る夢子ちゃんでやってこれたものだと、少々自分自身に呆れそうにもなる('◇')ゞ

 

しかし、冷静に考えてみれば、主人は最初からそんなに変わったわけではないようにも思う。

最初から、口下手で、結構短気だったし。

それでも、ものすごく愛している人だった。

だから、今こうして、自分の中で、両親からもらえなかった部分を補うことに挑戦しているのかもしれない。だ

結局、もしかすると、主人も根っこの部分では両親に似た人だったりして?!

違う違う、そうじゃない♪と鈴木雅之ばりに歌ってみたところで、宇宙の摂理的なものとして、結局そういう人とくっつくのが夫婦ってものなのかもしれない。

だって引力ってものがあるじゃない?

でも、山口百恵ちゃんなんて、幼い頃、ご両親が離婚されて父親の愛情もらえてない側面があっただあろうに、友和さんとバッチリの相性らしいじゃないですかあ~。って不満は置いておいて笑

人によって、境遇はさまざまなんでしょうけどね。

でも、私の場合はやはり、ありがちな引力も働いているかもしれないと、認めたくはないけど、そうなのかもしれないと思っていたりする。

ただ、このままではいたくない!

主人と共に願っている人生を歩みたいのだ!私は・・!

そうして、巡り合った方法が仲間たちと会話して自分を成長させていくやり方だ。

私はこうした男性という生き物、こと旦那というものに対して、仲間の存在の助けを借りるとどうなのか?という点についても今後注目していきたいと思っている(笑)

そう、自己肯定でき、自己評価をあげていくことができるならば、自分についての境遇がどれだけ変わるのか?

密かに楽しみでもある。(もしかして、何も変わらないかもしれないが・・グスッ)

 

 

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