愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

日記

りんちゃんはなぜ登場した?

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両親への怒り

きのうはりんちゃんという人物が突如登場したという話をした。

でも、どうしてしずかちゃんとニコるんという2人の女性が既に私にはついていてくれているのに、また新たにりんちゃんが必要だったのだろう?

今振り返ってみると、りんちゃんは、昨日、切々と「あっこさんは自分を認めて褒めることが大切」ということを教えてくれた。

これについてふと閃いたのだ。

ああ、そうだったのか!

私には数日前の自分に、思い当たることがあった!

つい先日、おさまっていたはずの両親への怒りがぶり返したことに困惑していた私がいたことを思い出したのだ。

これには、以下の2つの事柄が絡んでいたのだ。

 

1つ目は、収入に関して。

収入とは、自己価値と密接に関わっている、という話を仕事をし始めてから、あちらこちらでよく耳にするようになっていた。

確かにこれまで結婚して以来、わが家にはなぜかお金があまり入って来ることがなかった。

仲の良い夫婦ではあったのだが・・。(それとこれとは関係ないのか?)

主人からも、「あっこは自己評価低いよね。」と言われることがある。

そう、自己重要感がない人はいくら努力しようともお金は入ってくることがない説、というのがあるのだ。

あと、実は主人も低いらしい。まあそうなのかもしれない。

これまでのわが家の経済状況を見て、その自己価値と収入が関わっている、という話を聞くと、悲しいかな何の矛盾も感じないからだ。

むしろ、説得力さえあるのだ(ガビ~ン)

 

2つ目は主人との関係について

主人は結構短気だ。私がちょっと質問をすると、結構よく怒っている。

私にとってはそれがとても嫌だし、悲しいのだ。

それは、私の問題ではなく、彼自身のイライラではあるのだろうが、近頃それがひどくなってきているように感じていた。

そして、前の日記で書いているのだが、人は自分のもっていないものを相手から受け取ることはできない、という話とそのことが結びついたような感じがしていたのだ。

私は本当に愛する人と一緒になった自負があったのだけれど、私自身に自己重要感が欠如しているため、私って結局、大切に扱ってもらえていないんじゃないのか?と不安になったのだ。

つまり、私がどんなに何とかしようとしても、両親から幼い時に受け取ることができなかった部分は取り返したつかないんじゃないか?と思っていたたまれなくなっていた。

私は女性として男性に心底愛されることがないのではないか?ということを仮定すると悲しくなった、ということがあったのだ。

 

この2つに関して、その原因として、両親から褒めてもらったり、認めてもらったりして育ってこなかったからなのか、ということについて改めてかみしめてしまった。

それで私はついに、今のほほんとしている両親がとても腹立たしくなったのだ。

これは、私が仕事をはじめたことで、自分の中ではっきりと浮き彫りになってしまったような感じなのである。

もしくは、仕事をはじめ目的をもったことで、これまでは問題にはならなかった部分に踏み込んで、次のステージへとグレードアップしている、と捉えた方が自分にとってやさしい見方であるかもしれない。

自分にやさしくという点は、リンちゃんからも言われたばかりでもあるため、そのように捉えることにしよう!

 

リンちゃんが助っ人か?

私は、朝晩の瞑想をもう十数年継続している。

それは愛の瞑想であるが故に、両親への怒りは、だいたい洗い流し、もうかなり愛に変わった!と感じていた。

実際に、もう6~7年は両親に対する大きな怒りを持たない感じで来ていた。

だから、昔はかなりの怒りをぶつけたこともある母親にも、「過去のことは終わったことだし、今はもうお母さんが幸せになることを考えてね。私の心配はしなくていいからね」な~んて伝えて久しいのだ。

それが、仕事をはじめたことで、利益が思うように伸びないことで、また今になって怒りがぶり返してきたことを、誰にもぶつけられないような気持ちがあり、自分自身困惑していたようなところがあったのだ。

そして、「私なんて所詮、お金も手にできないし、最愛と思った男性とも幸福にはなれないということなんでしょ?」と思い、なんだか虚しいような、自分の運命を嘆くような気持ちにもなってしまった。

そんな私を見かねてか、リンちゃんが私の内側に誕生したのだろうか?

ここに、リンちゃんのように、切々とやさしく教育してくれるような教師的な人物が必要だったのかもしれない。

リンちゃんは、「今のあっこさんは、両親がしてくれなかった声がけなどを自分自身でできる」とはっきりと指導してくれた。

ということは、それをしていくことで、今の状況に決してあきらめることなく、私たち夫婦の思い描く未来をつくっていくことは可能!ということが裏のメッセージとしてあるのかもしれない。

 

とても巧妙な仕組み?

なんだか、そのことに気づいて、自分の頭の中で結びついた時、なんて巧妙な仕組みになっているんだろう?!と驚いてしまった!

突如はじまった仲間との関わりは、もしかすると、本当に私が自分の目的や夢の実現のための必要な成長を遂げるために起きていることなのかもしれない!?と思ったりするわけなのだ。

今日もちょっとしたことではあるが、これまでの自分との変化に気づいた場面があった。

いつものように買い出しに出かけ、毎回決まってレジのところで店員さんとやりとりをするのだけれど、なんとなく、それを私はおっくうに感じていた節がある。

しかし、今日は、そのやりとりにあまりおっくうさを感じることがなかったのだ。

店員さんはとりたてていつもと変わらない。

でも、なんだか自分の感じ方がきのうまでとは違っていたのだ。

要はあんまり相手の反応が気にならない感じになっていたということである。

私は、よくその行き着けのスーパーのパンコーナーにも立ち寄って好物のチーズトーストを買う。

そして、そこのイートインコーナーで無料コーヒーと一緒に食べるひとときがお気に入りだ。

ただし、そのパン屋の男性店員さんもなんだか無愛想で感じがわるく苦手と感じていた。

今日も例によって立ち寄ると、その男性スタッフの対応は相変わらずだった。

だが、しかし、なぜか私は気づけばニコニコ対応していたのだ。

そんなはずはない、と自分で思うのだけれど、レジのところで、感じの悪い男性スタッフに対して「は~い、ありがとうございます」と笑顔を作ってチーズトーストをルンルンで受け取っていたのだった。

ん?これってやっぱり仲間のおかげかしら?

ふしぎな現象だ!

今後も変化していくかもしれない自分から目が離せない笑

 

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