愛され姫と執事たちの日常

自己否定が自己肯定に変わる!実験的日記

前置き

仲間に話せば外の世界も変化する?

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自分に厳しく人にばかりOKを出す人は苦しくなる

本田こーちゃん(本田晃一さん)が言っていたけど、自分の中の会話が自己肯定になってくると、外の世界もそうなっていく、と。

逆に自己否定が強い人は、リアルの世界でも否定をしてくる人に囲まれたり、いっこうに思うような成功を収められない、ということがあるということだ。

これまでの私の場合は、無意識下で、相当自分に厳しかったはず。

まあ、それでも20代までの自分に比べたら、ずっとずっとやわらいでいるわけだが・・。

それでも、深いところにまだ自己否定の根っこが張っているようで、出てきてしまう。

だからこそ、仕事でも思うような成果に繋げることの難しさを感じるのだ。

例えば、自己否定の根っこをもっている私の場合には・・・

ある人に対して、「この人のことちょっと自分は好きじゃない」と思ったとする。

そうすると、「そんなこと思っちゃいけないじゃない!人のことをそんな見方するなんてあっこよくないぞ」と責めてしまう。

もちろん、そういったことは思わないに越した方がいいとは思う。

けれど、自分の気持ちに蓋をして、抑圧すると、好きでもない人の機嫌をとることに自分のエネルギーのすべてをつぎ込んでしまう、というようなことが起きがちだ。

それは、相手にとっては気分が良いし、都合の良いことであるため、まちがって好かれてしまうと、私は好意をもっていない相手と友人関係などに発展してしまうなんてことも起きてしまうわけだ。

そうなれば、だんだんと自分は苦しくなる。

自分のやりたいこと、本音にエネルギーが注がれるわけではないため、欲求不満にもなる。

こうした背景には、私が性格的にまじめな質を強くして生きてきたことがあるように思う。

さらに、そんな中、愛の瞑想をしていること、などが絡みあってるのかもしれない。

毎日朝晩と瞑想をしていることはリラックスできたり、自分の癒しになって良いのだけど、そのために指導されたり、団体でいると、私の性格の場合は、これまで以上に「こうすべき」が強くなってしまう。

あまりにまっとうな指導をされると、私のまじめ癖が「そうですよね~。私が間違っている」と自分をすかさず刺すわけだ。

例えば、そういった話を右から左へ聞き流す性質の人にはそういった厳しい指導はプラスに働くと思うのだが、私みたいなタイプは、そのことでどんどん自分を責めるサイクルに入ってしまいがちだ。

妹に、「おねーちゃんは、親が10言えば10全部聞いてしまうタイプよね」と言われたことがある。

言われてみれば本当にそうだと思う!

小さい頃から親の言うことは真剣に聞いていたと思う。

でも、これってみんなそんな感じなんだろうな、と思っていたのだ。

ところが、よ~く観察してみると、妹は、かなりの割合で人の言うことを聞き流していることに気づき、自分との決定的な違いについてわかるようになってきた。

人になってみることができないため、通常そのことになかなか気づけない、という不幸が起きるものではないかと思う。

きっと、はじめは色んな意志をもって、親に反発もしていたものと思う。

ただ、何度も言われているうちに、「ああ、そうか。親の言うことが全部正しいんだな」と思うような思考をするようになっていったのだろうと推測する。

今思えば親は自分のことはさておき、私の不得意な部分などだけを否定の言葉や態度で表現していたにちがいない。

または、自分に対する不足感の発散として、こどもに特に悪気なく、ただ思ったままを表現しているにすぎないのだと思う。

親にしてみれば、こどもを傷つけようと思って言ったわけではない、というのが本音だろう。

ただ言われた子どもはピュアに受け止めていたりするものだ。

さらに子どもは、親の庇護を受けなければ生きていけない存在であり、小さな体の自分にとって、大人はとてつもなく大きく見えてしまうし、立派に見えたりするものだ。

だから、真実を見ることなく、あやまった価値観をすりこまれてしまいがちなんだろう。

こうして自己肯定ができないまま育った大人は、自分の意見よりも、周囲の意見が正しいと思ってしまったり、周囲はOKだけど自分はダメ、などの謎の自分には厳しい声がけをしてしまうのだ。

なので、本来は人一倍自分の感情を大切にしてやるといいのだと思う。

やりたくない、行きたくないという感情をもっているなら、理由はともかくそのまんまの自分の湧き上がった思いを受け入れてあげるのだ。

やりたくない、行きたくない、と思うなら、どんな理由であれ、無条件にOK!を出してやるのが正解なのだ。

それが自分に対する無条件の愛なのかもしれないし、本来親から受けるべき愛の表現としてふさわしいものだったに違いない。

最近になってそのことがわかってきたような感じだ。

未だ決定的な確信はないのだけれど、それでも、とにかく自分の今のありのままを認めてやろうと思っている。

 

仲間と話すことで主人も丸くなる?

本田こーちゃんの言っていることが、本当だとすると、私は今、内側の世界でたくさんの味方ができ、自己肯定のためのサポート体制をもつことができているため、だんだんと外側の世界にも良い変化が起きるはずだ。

実際、最近、少し夫婦関係でもそのことが感じられるような気がしている。

私が昔から主人をつかまえては色々と自分の内面のことを話すことがあるのだけれど、男性にとっては、そういうことがたぶん面倒くさく感じ、うっとおしく感じるものではないかと思う。

それでも、私の思っていることをただ肯定してよ!という感じで主人に話すと、たいてい、途中から主人が怒りモードに入っていく。

このパターンが少し前に頻発していたのだが、自己肯定のための仲間が生まれ、仲間に話して聞いてもらい、共感してもらって、私が満足し、安心した状態で、主人に話すと、主人はただ頷く、という風に変化してきたような感じなのだ。

私としては、以前と同じように話しているに過ぎないのだが、そう言えば主人の反応が前よりやわらかくなったような?

これについては今後もひとつ注目していこうではないか😊

-前置き